言い訳/涙

今週のお題「部活」

 

スポーツ選手だったり囲碁や将棋の棋士だったりが、試合で負けた時に涙を流すのに心惹かれる。勝った時の涙よりも。

 

あと3つ勝てば地方大会。負ければ引退。そういえば、10年以上続けてきた剣道人生で最後の公式戦になるかもしれないな。高校3年生の夏、強豪K高校のM選手との対戦を前に、私は淡々とそんなことを考えていた。

 

団体戦はすでに敗退し残すは個人戦のみ。初戦を勝ち上がった私は 2回戦でM選手と当たった。彼は小学生の頃は無名の選手。中学でメキメキと実力を伸ばし、高校最後の夏で県内屈指の強豪校の団体戦レギュラーを勝ち取った。一方の私は、小学生の頃は県大会で優勝したものの、中学高校と伸び悩み、周りに追いつかれ追い越され。成長曲線が正反対だな、と、M選手の努力を想像せずに恨めしくも思った。

 

数歩前へ。互いに礼。 3歩進んで蹲踞。審判の「始め!」の掛け声で試合が始まった。開始直後は互いを牽制し探り合うような攻防が続く。時折、捨て身の攻撃で有効打突を狙う。開始2分頃だったろうか、不用意に手元を上げた私の隙を見逃さずM選手が鋭い打突。「小手あり!」審判の声が響いた。

 

私の高校は県内屈指の進学校でありながら、一部の部活は全国トップクラス。教頭だったか学年主任だったかが誇らしげに「うちは文武両道だ」と語っていたのを覚えている。学校単位で見れば確かにそうなのだが、内実は「文武分業」だと、進学クラスの級友とよく話していた。うちの学校は剣道には力を入れていなかったので、剣道部は私含め全員進学クラスでスポーツクラスの生徒はいなかった。全国常連のバスケ部の一員となるべくスカウトされてくる生徒はいても、剣道枠での入学者はいなかった。

 

「二本目!」 審判の声が響く。剣道はふつう三本勝負で、時間内に二本先取するか、一本取って時間切れになるか、延長戦で一本取れば勝ちだ。自分に残されていたのはあと一分ほど。必死で飛び込み技、連続技を繰り出し、やや守りに入ったM選手を攻め立てる。審判の旗が上がりかける打突もあり、応援してくれていた部員が盛り上がるシーンもあったようだが、結局一本を取ることは出来なかった。

 

進学校だけあって勉強は大変だった。毎日の予習復習、週三回の小テスト。中学で伸び悩んだ剣道を高校でやめ、勉強に専念する選択肢もあったがそうしなかったのは、両立していてすごいねという級友の賛辞が気持ちよかったこともあるが、もう一つ、言い訳できるから、というのも大きい。成績がイマイチの時は、剣道が忙しいから。戦績がイマイチの時は、勉強が忙しいから。こうして文字にすると情けないが、人より優れていることがアイデンティティだった私にとって、勉強だけなら剣道だけなら、自分より優れた人間がすぐ近くにいる環境にあった私にとって、こういう言い訳は魅力的だった。

 

二回戦負け。悔しいけどまぁ仕方ないかな、頑張った。ぼんやりとそんなことを思った。ほかの部員たちの目に私は淡々としているように映ったそうだが、きっと無意識のうちに例の言い訳が、心の調整弁のように発動していたのだろう。そんな私が、あの試合があった日で一番印象に残っているのは、M選手に負けたことではなく、あと一歩で地方大会出場を逃したM選手が泣いていたこと。あたりをはばからず泣くその姿に、私はなぜか、羨ましいな、と思った。